③顔の進化(縄文~未来人)
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③顔の進化(縄文~未来人)

2018年04月19日(木)1:51 PM

(出典:顔の進化と変遷(国立科学博物館))
http://www.kahaku.go.jp/special/past/kao-ten/kao/kao-index.html
※人類学的な観点から、顔の進化、人類の進化と顔のつくり、日本人の顔、動物の顔、などについて、わかりやすく解説されています。1999年に国立科学博物館で開催された「大顔展」の図録に掲載されていたものの一部です。


●頑丈型猿人

最近は女性の間で「小顔」がブームだが、「大顔」も生命力を秘めた存在感がある。実は、私たちの祖先の猿人の仲間には、ゴリラに匹敵するほどの超大顔の持ち主がいた。それは、270万年ほど前にアフリカに現れた、私たちの祖先の「いとこ」にあたる頑丈型猿人である。
 「頑丈型」猿人といっても、それは顔だけのことであり、身体の大きさは「華奢型」猿人と同じく、男性で身長150cm体重55kgほど、チンパンジーと同じくらいだった。猿人の仲間としては、頑丈型猿人も華奢型猿人もそれぞれ数種の猿人を含んでいたのだから、昔はずいぶん親戚が多くにぎやかだった。
 およそ440万年前、最古の人類・ラミダス猿人は類人猿の祖先と別れて、森林で直立二足歩行を獲得し、やがて草原に進出した。その後の何種類もの猿人たちは、乾燥した砂混じりの根茎や豆などの食物をすりつぶして食べるために、歯のエナメル質が厚くなり、臼歯が大きくなった。その反面、他の個体とケンカしたりおどすための犬歯や太い茎をかみ切るための切歯は退化した。
 華奢型猿人は、このような変化傾向をほどほどで止め、動物の死体を含めた雑食をしていたらしい。そして、最終的に私たちの直接の祖先である原人に進化した。一方、頑丈型猿人は、このような変化傾向を極端に強め、切歯や犬歯は現代人とほぼ同じくらいだが、小臼歯や大臼歯は、ゴリラより大きくなった。もちろん、顔もゴリラに匹敵する超大顔になった。しかし、形はずいぶん違う。ゴリラの顔は前に突出しているが、頑丈型猿人の顔は口が引っ込んで横に発達していた。
 頑丈型猿人の頭の中央には、ゴリラと同じように、トサカみたいな骨の板があり、よく発達した側頭筋が左右から付くための構造になっていた。頬骨は、前方および外側に強くはりだし、巨大な咬筋の付着部になっていた。下顎骨の骨の厚さや咬筋付着部の広さは、ゴリラに勝るとも劣らない。
つまり、頑丈型猿人の顔は、ゴリラに比べると長さは短いが幅では広かった。その中でも特にボイセイ猿人は、この傾向が強く、顔全体が直径25cmほどの丸い皿のようで、真ん中が引っ込んでいたくらいだった。
頑丈型猿人は、身体がチンパンジーくらいで、顔がゴリラくらいだったということは、栄養価の低い粗雑な食物をたくさん食べていたことであり、硬い根茎や豆どころか、骨を専門に食べていたと考える研究者もいるくらいである。しかし、その結果、彼らは、雑食性の原人たちと競合することなく、華奢型猿人が滅びてからも、100万年以上も生き続けられたのである。

それぞれの人の顔とはそれぞれが、その祖先たちが生き抜いた環境と、獲得したDNAの勝利の証である(敗けた原人、人類は滅んでいる)。
美容外科とは、これを1日で削り付け足して、造形を整える手術です。

顔の変化とは、ある原因をもって全体とのバランスのもとにゆっくりと変化しているものなので、削って形を変えるにしても、自ずと限界はあります。解剖的な限界であったり、立体的なバランス上の限界であったりします。
それには「顔」を理解することが重要です。


●内部構造の変化
日本人の歴史とともに顔の骨も変わってきた。縄文時代から現代まで、幅広で頑丈そうな顔から、細長く華奢そうな顔になってきた。では、見かけだけでなく、内部構造も変わってきているのだろうか。それを知るには、レントゲン写真を撮ってみるのがよい。昔の人と生きている人との比較もできる。

骨の内部構造
頭や顔の骨の内部は均一ではなく、表面近くの緻密質と中の海綿質とに分かれている。海綿質の部分には、骨の間に隙間があり、骨髄が詰まっている。頭や顔の骨の大部分は、2枚の緻密質の板の間に海綿質を挟んだサンドウィッチ構造になっている。その骨サンドウィッチは、頭では厚く(5mmほど)、顔では薄い(1~3mmほど)ところが多い。ただし、上顎骨や下顎骨ではとくに厚く、1cmを越えるところもある。また、鼻の周辺には副鼻腔という空気の入っている部分もある。
副鼻腔、口腔、眼窩のように顔面とは空洞だらけの脆弱な構造をしており、顔面からの衝撃にたいする、ショックアブソーバーの役割をもつ。
脳を最優先として作られている生物にとって、顔面とは脳の延長器官に過ぎず、顔面は犠牲になって、脳への損傷を弱めるために存在する。


●日本人の顔の進化 縄文から現代まで
 顔の骨では、噛むための筋肉(咀嚼筋)の力が強く加わる部分は、緻密質が厚くなり、海綿質にも太い針状の骨梁が発達し、頑丈な構造になっている。縄文時代人と生きている現代人のレントゲン写真を比べると、骨の構造は縄文人の方がはるかに頑丈なことがわかる。たとえば、前から見ると、下顎骨の下縁の緻密質は縄文人の方が厚く、文字通り緻密である。横から見ると、縄文人では上顎骨の前歯(切歯)の植わっている歯槽骨が上後方に向かって厚く三角形に広がっているが、現代人ではその部分の歯槽骨が薄く湾曲している。現代人では、硬い食物を咬み切ろうとしたら、歯槽骨が折れてしまいそうだ。


 一般に、咀嚼筋が発達すると顔が広くなる傾向がある。昔の人々は、硬い食物を食べていたので、顔が広く骨も厚く頑丈だった。しかし、時代が進むにつれ徐々に軟らかい食物を食べることが多くなったので、顔が細長くなり、骨も薄く弱くなった。
 縄文人の顔は縦と横が同じくらいの四角で立体的なキリッとした顔立ちである。歯の咬み合わせも毛抜き状(接端咬合)であり、硬い干肉でも簡単に咬み切れただろう。古墳時代人の顔もかなり幅広で丸四角であり、エラが張っている人も多い。しかし、咬み合わせは鋏状で、あまりよく咬み切れなかっただろう。米を食べ始めた影響が現れている。江戸時代人の顔はやや細長くなっており、長円というところ。歯槽骨が後退して出っ歯(反っ歯)が目立ち、うまく咬み切れなかったはずだ。
 江戸時代には、数百人に一人くらいの割合で細長い瓜実顔(うりざね)の人がいた。鼻筋も通っていて、女性だったら浮世絵のモデルになったことだろう。現代人の若者の中には著しく細長い顔がしばしばあり、歯槽骨の退縮により歯並びが悪くなっている。親不知(第3大臼歯)が生える場所が狭くなり、生えられなくなったり、横に生えたりすることも多い。また、下顎骨が伸びすぎて下顎歯が前に出る咬み合わせ(反対咬合)も起こりやすい。
 頭と顔のバランスという意味では、頭が広くなり、顔が狭くなる傾向があるので、頭と顔の幅の差が時代とともに目立ってくる。実は、頭の幅が増える原因はよくわかっていない。頭は脳の容れ物なので、他からの制約がなければ頭が球形に近い方が脳にとっては居心地がよい。そこで、最近では側頭筋による横からの締め付けが弱いので、頭が丸くなったといわれる。また、平らな枕の普及によって、後頭部が押されて丸くなるとも考えられる。


●縄文顔と弥生顔
昨今、お互いの顔を評して縄文顔とか弥生顔とかいうことがある。それは、縄文人の顔と弥生人の顔が、いまでも私たち日本人の中に生き続けているということにほかならない。
 私たち日本人になじみのある細眉/一重瞼/薄唇の平坦な顔は、モンゴルの人々に典型的に見られ、北方アジア系の顔と呼ばれている。一方、エキゾチックな太眉/二重瞼/厚唇の立体的な顔はインドネシアやフィリピンの人々によく見られ、南方アジア系の顔といわれている。しかし、このいわゆる南方系の顔はアイヌの人々の顔とも似ており、必ずしも南方アジアという地域に限局するわけではない。むしろ、広義の東アジアというべきだろう。
 日本人の中で、この北方系といわゆる南方系の顔がいりまじっている原因は、縄文時代以来の日本人形成の過程に由来している。まず、更新世末期ないし縄文時代には、日本列島を含む東アジア一帯に、いわゆる南方系の立体的で太眉/二重瞼/厚唇の人々が住んでいた。
一方、約3万年前にシベリアに住み着いた人々は、2万年ほど前の氷期に厳寒の気候(零下50度)に適応して、平坦で皮下脂肪が厚く一重瞼で唇が薄く毛の少ない特徴を身につけた(そのような個体が生き残った)。逆に、皮下脂肪が薄く目が大きくあちこちが出っぱっている顔は、寒さに弱く凍傷になりやすいからである。また、眉や髭が多いと息が氷柱になって困るし、唇は口腔粘膜の反転露出部分なので凍傷になりやすいからである。極北の地への進出に挑戦して、適合した苦労の証しが一重瞼や平坦な顔である。

およそ5,000年前、シベリアの北方系の人々が東アジアに拡大をはじめた。やがて、彼らは、2,300年前には九州北部付近から日本列島に侵入してきて、弥生時代の幕を開けることになる。つまり、彼らが(渡来系)弥生人であり、彼らの弥生顔が北方系である所以がここにある。
その時、日本列島にはいわゆる南方系の顔をした縄文人たちが住んでいたが、侵入してきた北方系の弥生人によって本土の大部分は占められ、わずかに北海道に残った縄文人がアイヌの人々になるのである。周知のように、アイヌの人々の顔は立体的であるだけでなく太眉/二重瞼/厚唇でもある。だから、縄文人も同じような表面の造作をしていただろう。そこで、縄文顔は現代アジア人の基準でもいわゆる南方系だったといえる。
 最終的に、現代日本人は、平均として、およそ北方弥生系7~8割、南方縄文系2~3割の比率で混血しているというのが、最近の人類学の結論である。だから、日本人(和人)は北方系のイメージが強いのである。

※渡来人は0~6世紀に大陸での戦乱を逃れるために海を渡ってきた移民であり、漢字、仏教、建築といった大陸の文化技術を日本に輸入した。知識人である渡来人はヤマト政権にも多く迎え入れられた。
北方系民族は文化と技術に勝り、政権の中枢を担うようになった。一方で南方系民族は新勢力に押されて列島の辺縁へ追いやられていくか、あるいは混血が進んだ。


●未来人の顔
未来人の顔を予想すると、昔から想像されてきた火星人のようなイメージを描くことが多い。つまり、頭が巨大になり、眼以外の顔が極端に退化した状態である。たしかに、あと数万年もすれば、そんな未来人が現れるかもしれない。しかし、ここでは数十年後あるいは数百年後の日本人の顔につき、具体的な根拠にもとづいた方法で予測してみよう。つまり、過去に起こった傾向を外挿(延長)して未来を予測するのである(図1)。


縄文人と弥生人からの予測
最近の人類学の研究により、現代日本人は、1万年以上前から日本列島に住んでいた縄文人と、約2,000年前に大陸からやってきた弥生人との混血によってできあがったことがわかっている。そこで、縄文時代の平均的な顔と弥生時代の平均的な顔が混ざり合って現代日本人の顔ができたと仮定して、その混ざり具合をCGで表してみた(図2)。
もとになるデータは、縄文人・弥生人・現代日本人の平均的な頭骨(厳密な平均的頭骨はないので、典型的な頭骨を選んでいる)の正面線画、そして縄文人的な表面の部品(目・鼻・口・眉)と弥生人的な表面の部品の写真である。
 まず、標準的な顔の骨組み(骨ではなく、顔の大まかな形)を、たくさんの三角形を組み合わせた立体的なワイヤーフレーム・モデルという形でコンピュータの中に用意する。次に、そのワイヤーフレーム・モデルを、縄文人・弥生人・現代日本人の頭骨正面線画から復元した顔の形に合わせて変形する。第三に、縄文人ワイヤーフレーム・モデルには、プロレスラーの縄文人的な部品を貼り付けた。弥生人ワイヤーフレーム・モデルには、『Newton』編集室のみなさんから拝借した弥生人的な部品を貼り付けた。現代日本人ワイヤーフレームには、縄文人と弥生人とを平均化した部品を貼り付けた。
 後は、モーフィングというコンピュータ技術によって、縄文時代および弥生時代から現代に至る変化過程を表すことができる。この過程では、顔かたちの変化と、縄文人と弥生人の部品の混合との両要素が並行して進んでいる。さらに、縄文時代および弥生時代から現代までの過程を延長すると、CGによる未来顔1号ができあがる(図2)。現代から未来へは、縄文顔/弥生顔の混合は終了し、顔かたちの変化だけが起こったと仮定している。
 この未来顔の誕生は50年後、100年後、あるいは数百年後かもしれない。


●顔を鍛える?
顔の骨も、身体の骨と同じように、鍛えれば、ある程度は幅広く奥行きがあるようになり厚く頑丈になる。つまり、幼児期から硬い食物を食べる食習慣をつけて、咀嚼筋を鍛えればよいのである。そうすれば、歯並びも良くなり、いわゆる出っ歯もなくなるので、見た目も格段に良くなる。
最近は、咀嚼筋の筋力(咬合力)が正常(その人の体重と同じ程度)の半分以下の子どもが増えている。身体の運動能力にたとえるなら、走ることができなくて歩くだけという状態に等しい。硬い大きな干物などをバリバリ食べさせて、咀嚼筋と顎の骨を鍛えることを考えてみてはどうだろうか。

 



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