アンドロイドの未来予想の指針
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アンドロイドの未来予想の指針

2018年11月01日(木)7:28 PM

近代以前の手術や外科の歴史を知ることは、外科を知る助けになります。外科は麻酔や感染症の発見を経て、19~20世紀に大きく進歩しました。 そして意外にも、器具や手技などは、中世の解剖学の時代からそれほど形を変えておりません。

例えばハサミや担架などは、医学が生まれるより以前から文明にあったでしょうし、例えば骨折という症状の概念は文字が生まれる以前からあったかも知れません。 麻酔も抗生剤もない近代以前の手術は、どのようなものだったのでしょうか。

外科手技の多くは、怪我人が大量発生する戦場で生まれました。 「治療」の歴史は、「殺傷」の歴史と表裏の関係にあります。 「医療器具」の歴史は、「武器」の歴史と表裏の関係にあります。

※参考図書 『殺すテクニック』 ホミサイドラボ著  物騒なタイトルですが、いたって学術的な内容です(タイトルがミスマッチです)。

 


(因襲的手術)

※因襲 :昔から続いてきているしきたり。主によくない意味に使う。

・去勢手術: 男性の宦官手術 

・女性の不妊化手術 

・堕胎手術 

 


 

人間とアンドロイドが不老不死の時代を迎えたら、秩序や常識はどのように変化するのでしょうか。
※想像することは楽しく、脳を活性化し、未来を切り開きます。

仮想世界の多くは現実を先取りしています。
私たちの秩序や常識は、まず可能か否かを前提条件として作られています。これまで不可能だったので考える必要がなかったことでも、個人の自由意思で選択できるようになったらどうでしょう。
顔を自由に選択できるとしたら、スマホケースのように選ぶのでしょうか。
不死の世界となったら、人生や生命の意味は薄まるのでしょうか。

ここでは、まさしく美容外科で追及する「自己満足」や「老い」がテーマとなります。
アンドロイドの未来予想について、ここでは一味、違った切り口にて解説していきましょう。

 



●美人の基準

顔が自由に選べるようになったら、社会はどうなるでしょうか。
今の顔を「補修」しても良いですし、お金さえあれば丸ごと「新調(購入)」しても良いでしょう。みなが自由に美を選択できるようになると、どうなるでしょうか。

 



2016年に、ミスコリアの候補者がみな同じ顔だと話題になったことを彷彿とさせます。

 


洋服やスマホケースと同様、性格(趣味性)が出るでしょう。あるいは精神が若い内は、派手で分かりやすいものを選ぶでしょう。
人生経験が深まり、役職が高まるにつれ、シンプルで落ち着いたものを選ぶようになるかも知れません。

自分の体型を理解して洋服を選ぶように、自分の性格を理解して、それに似合った顔を選ぶようになるかも知れません。
あるいは気分転換を兼ねて、顔のデザインを一新するかも知れません。女性は断捨離、イメチェンが好きですので、顔もレジャー(気晴らし)の1つの手段となるでしょう。

 


 

仮想世界は現実を先取りしますので、未来予想は映画やゲームを参考にすると良いでしょう。
現実はよりゲームに、ゲームはより現実に近づき、将来的にこれらは区別が難しくなるでしょう。
アバターとは、仮想世界での自分の新しい顔と身体を指します。アバターを選択するように、みなキレイなキャラクターを選ぶでしょう。

※映画「アバター」では、現実世界では戦争で脚に障害を負った主人公が、別の惑星にて鼻の大きいアバターを使用します。
容姿は人間離れしていますが、精神の人間臭さが浮き彫りになります。

 


しかし同時に顔は個人認証の1つでもあります。簡単に顔を変えられては、個人認証でのログインも面倒ですし、犯罪者も簡単に国外逃亡できてしまいます。

社会秩序のためにも、顔を「購入」することは割高になるように法整備されるでしょう。「補修」がメインとなるでしょう。
※性別も年齢同様、容易には変えられないものと決められるでしょう。

 



また女性であれば皆が美人になりたいでしょうから、皆が「日本人の美人と思う顔」を選ぶようになり、みな似通った顔となるでしょう。

※美人とは黄金率であり、平均顔であり、おおよそ狭い範囲に落ち着きます。
※みなが美人になる時代を経て、それが不自然であるとか、個性がない、などの対抗する意見が出始めると、「より控えめな」ラインナップになるでしょう。顔はファッションの一部とみなされ、流行が生まれるでしょう。


 

※仮想世界であるゲームが参考になります。MMORPGとは「大規模多人数同時参加型オンラインRPG」のことであり、仮想世界に世界の個人を詰め込んだらこのような社会になる、というシミュレーションになっています。
ゲームバランスを考慮すると、全員が簡単に美人になれてもつまらないでしょう。やはり、美人をお金で買うようになり、豪華な顔ほど経済力の証しとなるかも知れません。

選択できる時点で美人の価値は薄まりますが、高価な買い物ではあるので、かろうじて価値を保つかも知れません。

 


 

●不老
女性であれば、少しでも若く見られたいので、より若い顔が人気が高いでしょう。
けれど顔認証やゲームバランスの点から、やはり「購入」が高価で「補修」が安価となるでしょう。

例えば「±5才」の幅で選択権を購入できるようになるかも知れません。

未成年と成年が区別され、10~30代が社会の大半を占めるでしょう。男性は40~50代も人気です。
「美魔女」が終わらないブームであるように、「お婆ちゃん」が想像上の生き物になるかも知れません。

 

※あるいは希少価値という意味で、あえて未加工の顔、老いた顔に価値を見いだす女性もいるかも知れません。役者さんなど、フィクションの世界には存続するでしょう。また秩序やゲームバランスの点から、リーダー格の個人は老人の容姿を選ぶようになるかも知れません。

 


 

●1人当たりの生産性
人類は技術革新を経て、生産性を拡大してきた歴史があります。

※火の発見→農業の発明→石炭の発明→石油の発明

ここで簡単のため、生産性=エネルギー消費量とします。

人類は100年間に生産性を3倍にしました。便利な道具のなかった中世は、人間はみなで非効率な作業を行い、村人の力を合わせても、1日で畑ひとつ耕すことは出来ませんでした。

 



しかし現代人はスマホの操作1つでトラクターを遠隔操作することができます。
未来では、脳内で思っただけで人間や惑星を作れる日が来るかも知れません。

 

※ただし技術革新するほど、団結力を失う、する必要がなくなるとも言えます。必要から生まれた結婚制度、家族制度も時代とともに無意味化(陳腐化とも)し、レジャーやファッションの1つとなります。

※生産性が進歩するごとに、「物の価値」や「仕事のやり甲斐」などの価値は相対的に安くなるかも知れません。昔は眼鏡は上流階級のものでしたが、今はファッションの一部です。

 



●お金
資本主義は現代でも存在感が大きいですが、仕事より趣味を重視したりする流れもあります。

昔は硬貨の時代でしたが、信用が築かれるとともに紙幣の時代になり、いま私たちは仮想通貨の時代を迎えています。ビットコイン、アプリゲームの課金などが社会に浸透していきます。

仮想世界でも通貨は存在します。お金は生産性の証し、希少性の証しですから、古今東西すべてに存在し、失くなることは無いでしょう。

 

ただし「お金のために働く」時代から、「やり甲斐のために働く」時代へと変化するでしょう。人の嫌がる職種(接客業など)はアンドロイド(AI)が代行するようになるでしょう。
「人と違う価値をつくる人」が高収入となり、単調なものほど低収入となり、アンドロイドや途上国に委託されるようになります。


※現代では対人ストレスがしばしばテーマとなります。対人職種は「嫌な仕事」に属しますので、徐々に外部に委託するようになるでしょう。
コンビニ店員や介護職の外国人化が進むように、接客業は徐々にアンドロイド化(AI化)が進むでしょう。
選択肢が増えると、仕事や結婚などの制度はファッションの一部となり、「便利」になるとともに「やり甲斐」を失うでしょう。仕事や結婚に対し、現代の私たちが感じるほどの価値は見いだせなくなるでしょう。

 

ですが悲観する必要はありません。これまでがそうであったように、また新しい価値が生まれ、新しい仕事が生まれるでしょう。

そうした時代においては、人間をめぐる、すなわち「顔」や「精神」などのテーマが中心テーマとなるでしょう。

 


 

⚫人間の価値はAIが発見する?

「cool japan(日本かっこいい)」という言葉がありますが、外国人から日本の価値を再解釈(見直し)されています。
かつて日本人は世界に向けて日本人の価値を伝えてきました。日本人自身がグローバル化して自身を見失うと、外国人が日本の価値を再解釈するようになりました。


※外国人のつくる和食のように、それは日本と似ていて、どこか違います。
人間でも同様に、アンドロイドが人間らしさを再解釈するでしょう。それは似ているようでどこか違うでしょう。

その違いを伝えることが、人間に残された仕事かもしれません。

 


 

※人間は個人に生きる生物ですから、自分の経験をもとに考えることしかできません。たとえ人生の歴史(経緯)をダウンロード出来ても、それは情報に過ぎず、知恵や経験ではありません。そこに人生の実感(苦悩)を伴うことができるかは疑問が残ります。

こうした経緯を共有することが、歴史学です。文字であり本でありインターネットが、これらを伝えるメディアです。人は個人で生きる生物ですが、メディアを通じて社会で生きる(共有する)ことが可能でしす。さらには歴史を学ぶことで、過去の世代とも情報共有が可能です。
しかしそれは苦悩を伴う情報ではありませんから、「情報」に過ぎず、「知恵」や「経験」には至らないでしょう。


人間が不死になった場合、個人に終点が無くなります。そうした時代に、残された人類やアンドロイドに対し、いかに人生や人間の意味を伝えていくかが重要となるでしょう。

 

 



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