人間を語る上でCGを避けられない
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人間を語る上でCGを避けられない

2018年10月30日(火)6:25 PM


みなさんは、解剖学を語る上で、なぜクリエイターの話や死の話が出てくるのか不思議でしょう。
医学は自然科学(理系)ではないのか、人文学(文系)的な話は遠く思うかも知れません。ましてやCGやフィギュアなどのエンターテイメントはさらに遠い話題に感じるかも知れません。
しかしこれら三本の直線が、はるか遠方にて一点に交わることを想像して下さい。それが「人間」であり、「顔」であり、あなたが思う「自分」です。
私たちは「自分」について無知であることが分かるでしょう。

あなたは最近のIT社会をみて、まるでフィクションのように感じることはありませんか。
社会のIT化が進み、人間の研究が進んでいる現代ですが、私たちは人間をどこまで深く理解しているのでしょうか。

私たちはITを知る世代よりも、人間に詳しいでしょうか。医学を知らない中世の先祖に、人間についてより詳しく説明できるでしょうか。
彼らは尋ねるでしょう。
「では死んだらどこへ行くのか?」
「戦場で死なないためには、どう処置したら良いのか?」
「進化論とやらで、美人ばかりにならないのはなぜか?」

もし説明できないとしたら、それは人間についての情報に過ぎません。
人間について学際的にアプローチする学問を、ここでは人間学と総しましょう。顔についての学問を顔学としましょう。
当サイトでは人間学と顔学がテーマですから、自然科学、人文科学、クリエイティブなどの複数の切り口にて人間を観察していきます。

また当サイトは美容外科がメインですから、顔や身体の容姿、すなわち表面構造に重点を置きます。
解剖学では表層解剖学と言い、内臓解剖学と区別します(骨や筋などで隔てられます)。

当サイトは、人間を科学的に究明するために、曖昧さを回避するよう努力しています。
また倫理観や価値観を客観化して論じます。タブーとされる話題についても言及しておりますが、人間性を貶める意図はありません。クリエイターの教育意欲の求めに応じて、解剖学的な資料を提供したものであり、興味本意での閲覧はお勧めしません。

 
 


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