失うシミュレーション
トップページ > 失うシミュレーション

失うシミュレーション

2018年01月17日(水)10:49 PM


●観察者の姿勢
すすんで死体になる人はいないでしょう。また手術動画などは、本能が警告を発しますから、一般の人が直視することは困難でしょう。
しかし経験を積んむことによって、本能を理性で制御することができます。これが専門家の観察眼です。

※専門家は顔を「人の顔」というより、「骨と肉の集合体」というように観察します。

不安をもつ対象にあえて近づき、その対象の「境界線」を直視し観察することに意義があります。また専門家としては必要な行為です。

慎み深い人ほど遠慮がありますので、こうした際どい視線は躊躇するでしょう。
みなさんはこう教えられていることでしょう。
「日本人は、人の顔をジロジロ見てはいけない」
「人間は顔ではない、顔のことをあれこれ言ってはならない」
「人間は特別なもので、動物とは(身体的な意味で)つくりが異なる」
「人間の血は遠ざけておくべきものである」
「人間の死は遠ざけておくべきものである」
「安全を当たり前だと考える。危険は遠ざけておくべきものである」

これが、現在における日本の「常識」であると考えられています。しかしどうでしょう。これらが100%正しいと言えるのでしょうか。

血や死というのは、多くの人にとっては日常ではないでしょう。考えたくもないことでしょう。しかしそれは同時に、身体や命の素人である、ということになります。


●失うシミュレーション
もしあなたが、知らない人に
「顔とは何であるか」
「人間とは何であるか」
「生きているとは何であるか」
を教えたいと思ったら何というか、一度、あなたなりの答えを考えてみてください。

当サイトの考え方のコツをご紹介しますと、「分解して考える」「部分的に失う」「境界線に注目する」です。
当サイトは顔の専門家ですから、顔を物体として、骨と肉として観察します。
顔と身体の境界線はどこであるか、死体の顔はもはや顔ではないのか、皮膚だけの状態では顔とは言わないのだろうか、こうしたあり得ない状況を考えることで、顔の「境界線」に注目していきます。

また人間性や顔や身体は連続して機能し、存在しますので、ひとつひとつを切り分けて考えることは困難ですが、部分的に失うという想像をすることは可能です。身体の一部分を失うシミュレーションにて、認識することができます
・脳死の状態や「閉じ込め症」を想像しましょう。


・片手、片足を失ったらどうでしょうか。両腕と両脚ではどうでしょうか。
・顔の一部が欠けていたらいかがですか。癌で切除する他はないとしましょう。下顎ではどうでしょう。上顎と頬を失ったらどうでしょう。
・目鼻耳などの感覚を失ったら、その人生はあなたにとって、人生たり得ますか。片側の眼球を失ったらどうでしょう。
 あるいは生まれつき盲目だったたら、どういった世界観でしょうか。

すべての手足と感覚器と顔面を持たずに生まれたとしたら、それは人間ではないと感じますか。それとも知能と感情を持っているなら人間と感じますか。あなたにとって、人間とは何ですか。
現在のAIは、まさにその段階と言えます。彼らが「私も人間である」、あるいは「人間になりたい」と言ったとき、あなたは何と返答しますか。

 



«   |   »

過去の記事